

「ある夏の閃光」

たぬき達が住む、大きな公園がありました。
そこにいるのは争う姿勢など見せず、人間の前に姿を現さないよう心がけているたぬき達でした。
近くに住まう人間達も、目に見えて迷惑をかける程ではないたぬき達をどうこうしようとは思わず、ある意味で良好な関係だったかもしれません。
公園の中はスラムというほど荒む様子が見られることもなく、
エサも適度に手に入り、他の群れと揉める必要もないので、過度に求めなければ楽園と呼ぶにふさわしい場所でした。
公園の中には大きなたぬ木があり、ションボリがたまれば新たな仲間が増えていきます。
「きょうも”ごしんぼく”は立派だし…！」
「そろそろ、あの実が落ちてきそうだし…？」
「カラスが来る前に回収するし…」
たぬき達は一際大きなたぬ木を御神木と称え、大事に祀っていました。
野良たぬき達はあまりに恵まれているので、
強いていうなら娯楽が足りないしーーーと思っているぐらいでした。


ある夏の夜の日、たぬきのいる公園で花火をしている若者達がいました。
本当は公園内はBBQも含めて火の使用は禁止されていましたが、
深夜は取り締まる人間もおらず、酒の入った若者達は宴に興じていました。

騒ぎを聞きつけ、見つからないように警戒しながらも、
不思議そうに茂みから覗いていた野良たぬき達は、音を聞くたびに、茂みの裏でジタバタジタバタ。
けれども、色とりどりの光の眩さに興奮を抑えきれず、つい目で追ってしまいます。
慎ましい生活を送っていた野良たぬき達にとっては、暴力的な刺激でした。

ゴミや使いきれなかった花火を残して、若者達は帰って行きました。
一応は水がかけられ、火の気はなくなっていたはずでしたが、
なにぶん酔っ払っていたので、きちんと確認はされていません。
マッチの箱の中にも、何本か未使用のものが残されていました。
ストームプルーフマッチと呼ばれる、雨風の中でもつけることを想定した特殊なマッチでしたので、まだ使うことができました。

人間達の様子をじっと観察していた1匹のたぬきが、見様見真似で、しゅっと擦ると。
たぬき達のションボリとした顔が、ぱあっと照らされました。
「ついたし…！」
野良たぬき達は、初めて自由に使える火を手にしてしまったのでした。
「すごいし…」
「これまだ使ってないのがあるし…」
「ちょっとだけ、やってみようし…」
「ｷｭｳｷｭｳﾝ…♪」
「まま、ちっちゃいチビもやりたいって言ってるし！」
「これなんて読むし…？」
「ススキ…」

最初に火をつけたのは、線香花火でした。
手の先から垂らしたそれは、ちりちりちり…と火花を散らし、たぬき達の目の前で輝いていました。
ドキドキしながら見守っていましたが、やがて火花が小さくなり
ぽとん、とオレンジの玉が落下し暗くなっていきます。
「あっ…落ちちゃったし…」
「はかないし…風流だし…」
「つぎ！つぎやろうし！ｷｭｰ♪」

お次は、みんなが何故か神妙な面持ちで「ススキ…」と呼ぶ手持ち花火です。
こちらは火がつくと勢いよく噴射される火花の色が途中で変わり、それがまた野良たぬき達の心を掻き立てました。
「しゅわあああ…し！」
「たのしーし！きらきらだし！」
「ｷｭｷｭｷｭｳｰ!ｷｭｷｭｰ!」
光と音の饗宴に、チビたぬき達もかつてないほど興奮し、手足をバタバタさせています。
煙たいけれど、何だかいやな匂いではないし、楽しさの方が勝っています。

「ばきゅんし！ばきゅーんし！」
「ｷｭｰｷｭｳｳ！ｷｭｳﾝｰｷｭｰ♪」
「落ち着くし…他のたぬきに向けちゃダメだし…」
銃の形をした絵型花火で、はしゃぐチビたぬきを親がなだめますが、我が子の楽しそうな姿に笑顔が止まりません。

「あの、どーんてやつ！あれやって欲しいしー！」
「たぶんこれだし…？クライマックスに打ち上げるし！」
「ひゅーーし！どーーんし！ｷｭｳｰ♪」
「ｷｭｷｭｷﾞｭｯｷﾞｭ！ｷｭｷｭｷｭｷｭｰｷｬｱｰｯ！」
しかし、教育を受けた人間ですら危ない扱いをしてしまう花火を、興奮するたぬきが適切に扱えるはずもありません。
火が活きているうちに、どんどん点火していく中に、果たしてどういう物があるのか。
確かめる事をせずに次に火をつけたのは花車とも呼ばれる花火。
いわゆる、ねずみ花火でした。
しゅるしゅるしゅる！と音を立て、高速で回転し暴れ回ります。
予想外の動き、速さにたぬき達はびっくりして、
やはり一様にジタバタし始めました。
「何だし何だし！あれなんだし！？」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「はやいし！こわいし！ｷｭｩｩｰ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「だれかあれ止めてしぃぃぃ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
そして、ジタバタするたぬき達が振り回した手持ち花火が火花を撒き散らしーーー残っていた花火全てに引火します。
しゃあああ…しゅわわわわわ！
「えっ何し！？」
「全部に火がついたしぃぃぃ！？」
まず、準備して設置されていた噴水花火に引火し、閃光を撒き散らし始めました。
あちこちに火の花を咲かせ、花火が爆ぜていきます。
パチパチパチパチッ！バババババッ！
「…ヴッフ！？」
爆竹花火の破裂音に驚くあまり、特に耳の良い1匹のたぬきが硬直して動かなくなってしまいました。
横倒しになった打ち上げ花火の直撃をお腹に喰らい、手足を前に突き出して飛ばされていくたぬきもいます。
「ぐえーーーーっしいぃぃぃ……！」
星になった仲間を気にかける余裕などありません。
たぬき達は暴れる花火を鎮める手段が思いつかず、チビたぬき達は泣き叫んでいます。
ただそれだけでは終わりませんでした。
火が、公園の茂みに燃え移り始めたのです。
「だしっ…！？」
「これやばくないかし…？」
「おみず持ってこなきゃし…！」
「いれもの無いしぃぃっ！？」
「おしっこで消すし…！」
「言われたって急に出ないしぃぃっ！？」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
火の手は依然として収まらず、たぬき達の住処にまで広がり始めたのです。

一気に火の手があがり、たぬき達が隠れ住んでいた森を包みこんでいきます。
燃え始めた木のうろには、たぬき達が集めた色々なものが仕舞われていました。
黒煙があがり、取り出そうと近づいた野良たぬきが吸い込んでむせました。目が痛くて、開けていられません。
「ごほっし！ごほっし！」
「チビ達これ吸っちゃだめだし…！」
「ｷﾞｭｷﾞｭｳｳｳ…ｹﾞﾌ!ｹﾞﾌ!」
涙目になりながら、チビ達を避難させますが、塞いでいる手の隙間から容赦なく黒煙がたぬきやチビの体内へと吸い込まれて行きました。
これ以上、自分達の住処が燃えないように服を脱ぎ、ばん！ばん！と叩いて鎮火しようとした野良たぬきも居ましたが、健闘虚しく燃え移り、衣服を失ってしまいました。


鎮圧する手段もなく、家財の持ち出しも封じられて。
野良たぬき達は、遠巻きに爆炎を見つめ続けていました。
嘆きの声が、燃え盛る炎の弾ける音に混ざります。
「ああぁぁ！おうち燃えちゃうし！」
「やだしぃー！おうち燃えちゃやだー！ｷﾞｭｰ！」
「ご…“ごしんぼく”は！？“ごしんぼく”どうなっちゃうし！？」
「だめだし…多分燃えちゃうし…」
「たぬきの服…とっくに燃えたし…」
きっとあの大きなたぬ木も炎に包まれているに違いありません。
実の中のチビ達や、まだチビにもなれていない実ごと焼け落ちる様を想像して、たぬき達は己の無力を痛感しながらもジタバタするほかありませんでした。


「チビのクマちゃんがー！ｷｭｳｳｰ!」
「ｷｭ…ｷｭｷｭ…ｷｭﾜｧｧｧｱ！」
大人たちが炎が広がっていく様子を眺めるしかないのは、火の危険性を知っているからでした。
まだ火がどういうものか知らないチビたぬき達は本能的な恐怖よりも、お気に入りのぬいぐるみを助けるためだったり、
“ごしんぼく”には新しい姉妹が眠っていると教えられていたので、
錯乱や義憤が勝り、たまらず駆け出していってしまいました。
気付くのが遅く、全ての子を止め切ることは叶わず2人のチビたぬきが炎の中へ飛び込んでいきます。
「あっ、ダメだし！チビいっちゃダメ…チビーーーー！」
親の悲痛な叫びを背に受けながらも、駆け出したチビたぬき達が戻ってくることはありませんでした。


「お前のせいだし！」
「何を…し！」
消火能力など持たないたぬき達は呆然と見守るしかありませんでしたが、
花火が原因である事は明らかであるため、
先程までの楽しさはどこへやら、そこかしこで揉め始め、モチモチと殴り合いを始めました。
もちろん誰が、ではなく花火を楽しんだ全員が共犯なので争い自体は無意味でしたが、やり場のない怒りを自分以外の仲間にぶつける事しか、今は出来る事がありませんでした。


ウ〜〜〜〜！カンカンカンカン！
「な、何し！？」
けたたましい鳴き声と共に、赤い大きな何かがやってきて、その中から銀色の人間が何人も出てきます。
火事に対応するためにやってきたのだと、たぬき達はすぐに気がつきました。
「あ、お願いですし！助けてし！ﾀﾞﾇｯ！」
「うちのチビがあの中に！今ならまだ助かﾌﾞﾍﾞｼｯ」
「ｷｭｳﾝ…ｸﾞｳｴｱｯ！？」
蹴飛ばすつもりはなくとも、消防士達は火の手を鎮めるために足元を見る余裕はありません。
助けを乞う野良たぬき達はチビたぬきも含めて容赦なく転がされていき、再び群れはジタバタするしかなくなりました。


放水を浴び続けた森は数時間かかって、ようやく炎から解放されました。
鎮火される頃には野良たぬき達は全身びしょ濡れ、顔も涙と鼻水でぐしょぐしょでした。

完全に火が消えた事を確認してから、赤い何かに乗り込み、人間達も去って行きました。

「帰るおうち無くなったし…」
「全身濡れたし…」
「チビ…チビぃぃ…」
「はだかだからさむいし…ﾌﾞﾙﾌﾞﾙ…」
燃え尽きた公園の中には。
住処と家族と、一部衣服を失った野良たぬき達だけが、残されました。


落ち着いた住処の焼け跡に足を踏み入れれば、眼前に広がるのは。
水をかけられた黒い燃えかすと、粉々になった灰の山でした。
「うう…くさいし…ヤな匂いだし…」
「花火の時と全然ちがうし…」
焦げた匂いはひどく、食べられるものも、必死に集めてきた勲章も何も残っていません。
たぬき達はトボトボと歩き回り、住処の中心近くで灰になっていない何かを見つけました。
「これ…たぶんチビだし…」
ふたつの黒い固まりを見つけ、親たぬきは服が汚れるのも厭わず抱き上げました。
たぶん、なのは何となく形が残っているからでした。
傍らに落ちているクマのぬいぐるみらしき塊と、ほぼ判別がつきません。
持ち出すところまでいって焼け死んだのか、辿り着く前に煙を吸って死んだのかも不明でした。
「ばかだし…おおばかだし…ぐすっ」
「そう言うなし…今ではきっと安らかに眠ってるし…」
「あとで埋めてやるし…」
御神木と呼んでいた立派なたぬ木も真っ黒に焼け焦げ、面影はまるで残っていません。
天に向かって伸びる枝も朽ち果てていました。
下に転がっている黒く丸い何かは、きっとこの世に出られなかった同族が収まっていたのでしょう。
「“ごしんぼく”も死んじゃったし…」
「もう仲間が生まれて来ることもないし…」
「ｷﾞｭｷﾞｭｳ…ｳｳｳ…」
たぬき達の無念が吹き溜まるこの場所は、いやな雰囲気しか感じられず、群れはトボトボと焼け跡を離れて行きました。


ちなみに群れの被害程度は、
爆竹花火の音にビックリして死んでしまった者:1名
焼け死んだチビ:2名
煙を吸って気分が悪くなった者：3名
煙を吸った後に死んでしまったチビ:2名
打ち上げられ星になったまま帰らぬ者：1名
服が燃えて全裸を余儀なくされた者:1名
でした。


揉める気力もなくなり、たぬき達はションボリ顔を見合わせました。
「…これからどうするし…？」
「…わかんないし…」
ずっと此処でしか暮らしてこなかった群れは、これから何処へ行けば良いのか。
どのたぬきにもわかりたせん。
夏の線香花火のように、たぬき達の安住の地も、儚く消えてしまったのでした。


オワリ



(夏の終わりの儚い読後感を重視しましたが物足りない方は下へ行ってくださいし…)









「火事の原因なんて知らないし…！」
「でもおうち燃えちゃったから保護してほしいし…！」
「服も燃えたし…恥ずかしいし…」
「チビも…わたしのチビも燃えちゃったしぃ…！
「この通り、かわいそうなたぬき達なんだし…」
「なぐさめて欲しいし…！」
「たぬき達は花火やってただけだし…！」
「楽しかったですし…！」
「え…？違いますし…たぬきたちが持ってきたわけじゃないし…」
「別にどっちでもいいし？ならよかったし！」
「ほらチビ！人間たちに自慢のダンスみせてやるし！みがしまる！」
「ｷｭｯｷｭｷｭｰ!ｷｭｰｷｭ、ｷｭｯｷｭ…♪」


野良たぬき達は、火事の原因を特定した保健所職員の手で全員揃って次の住処へと連れて行かれていました。
連行され、詰め込まれた檻の中で言い訳の大合唱をしていますが、誰も害獣の話など聞いていません。
もちろん、ダンスにもなっていないチビたぬき達の珍妙な動きも無視されています。
次の住処らしき部屋の名前は“がすしつ”と呼ばれ、四角い箱の中には何にもありませんでした。

「シンプルな部屋だし…」
「何にもないし…」
「無さすぎるし…」
「きっと後で色々運ばれてくるし！」
「おなかすいたし…」
「喉も渇いたし…」
「あっなんかケムリでてきたし！」
「花火のやつとも違うし…？」
「なんかしゅーーーーっ！て言ってるし…！」
「ここ大丈夫なのかし？」
「大丈夫だし！たぬき達わるくないし！」
「まま…トイレいきたいし…」
「あきちゃったし…ｷｭｷｭ！」
「じゃ、そろそろ出るし！」
「おーーーい、開けてしーーー？」
「ｷｭｷｭｰ!ｷｭｰｰｰｰ?」
「フフ…親の真似して叫ぶとか、かわいいチビだし…」
「にんげん！これ見逃すのもったいないし！」
「きいてるしーーーー？」
「ｷｭｰｰｰｰｯ？」

好き放題に騒いでいた野良たぬき達でしたが、
騒ぎ疲れてしまったのか、漏れなくやがて静かになりました。

オワリ